
新時代を創造する象徴として誕生
自立する女性が珍しかった戦前に、創立者 浅井淑子は自力で資金を調達し、22歳で学校を開校させた。
以来、ドレメは、戦後の女子教育、洋装普及にともなう人材養成、服飾産業界の多様化に沿った専門教育と、ファッションを通じて社会に貢献。70年余りの歴史の中で、時代がドレメに求めるニーズが変わろうとも、創立時からの理念「人間の幸せを願う心、愛と和のためにすること」は、今もなお、教育の大きな柱となっている。
- 1939
- 浅井淑子先生の情熱と理念により「北海ドレスメーカー女学園」創立。わずか5坪の教室に、生徒数は昼間部・夜間部合わせて20名。教師は淑子先生ただひとり、22歳のささやかなスタートだった。
- 1940
- その情熱的な校風は共感を呼び、生徒数は増加し授業内容と施設を整備。北海道長官の認可を得て、校名を「北海ドレスメーカー女学院」と改称。
- 1941
-
太平洋戦争勃発。学院は時局の影響を受け「北海洋裁専門学院」に改称するが、激動の時代にあっても創立当時の理念は揺らぐことはなかった。
- 1945
- 第二次世界大戦終戦。ふたたび校名を「北海ドレスメーカー女学院」に。
- 1947
- この年、記念すべき第1回ファッションショー開催。時代を映すように、更生服が主体のショーだった。
- 1949
- 創立10周年記念式典挙行。北海道ドレスメーカー旭川分院設立。
- 1950
- 現在の校地に第一期校舎が完成。
- 1951
- 私立学校法に基づき、北海道知事の認可を得て学校法人組織に改める。理事長に浅井猛先生就任。校名も「北海道ドレスメーカー女学院」と改める。
- 1953
- 浅井淑子先生、渡欧。フランスをはじめ、ヨーロッパ11カ国を巡り、服飾系専門分野などを11ヶ月間視察する。
- 1957
- 法人名称を学校法人浅井学園と改める。
- 1963
- 現在の北翔大学短期大学部の前進となる、姉妹校「北海女子短期大学」を開学
- 1964
- 学院創立25周年記念式典を挙行。
- 1975
- プロフェッション科を新設。高等師範科をデザイナー科と変更する。今の校名である「北海道ドレスメーカー学院」に改称し、男女共学となる。
- 1976
- 学校教育法の改正にともない、服飾専門課程の専門学校に昇格する。
- 1979
- 浅井学園創立40周年記念式典を挙行。
- 1980
- 創設者浅井淑子先生ご逝去。「北海道開発功労賞」および「正六位・勲五等宝冠章」を賜る。淑子先生の教育理念を受け継ぎ、第二代学院長に浅井洋子先生が就任。
- 1987
- 学院長、道費助成により渡欧。北欧4カ国を3カ月間にわたり短期留学する。
- 1989
- 浅井学園創立50周年記念式典を挙行。
- 1991
- 創設者浅井猛先生ご逝去。「正五位・勲三等瑞宝章」を賜る。
- 1993
- 学科を大幅に改編、「オートクチュール科」「アパレル科」「コーディネーター科」「デザイナー専攻科」の3学科1専攻科制とする。衛星通信設備を導入。
- 1994
- 浅井洋子学院長、パリでファッションショーを開催し、好評を博する。学院創立55周年記念式典を挙行。
- 1999
- 創立60周年同窓会開催。「森 英恵」トークショーを併催。The 60th anniversary '99 DOREME de MODE COLLECTION 開催。学院創立60周年記念展示会を開催。
- 2002
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大幅な改組転換に伴う学科再編成を行い、「総合企画科」「生産技術科」「販売企画科」「装飾表現科」「服装技術科(夜間課程)」「時装専攻科(3コース)」の5学科1専攻科体制となる
- 2003
- 創設者浅井淑子先生および浅井洋子学院長の作品を編集した記念碑的作品集「ドレメ・デ・モード・ヒストリー」を出版。総合企画科および販売企画科にて初めて進級試験を実施。
- 2005
- 浅井洋子学院長 校訓「明るく 正しく らしく」から、第1弾「あなたのために“日本が見失ったもの”」出版。
- 2008
- 浅井洋子学院長 第2弾「正しさについて」出版。
- 浅井洋子学院長 服飾教育功労章 受章。
- 2009年4月より、学科再編成の実施を決定。「ファッションデザイン科」「ファッションテクニーク科」「ファッションプランニング科」「夜間科」「専攻科」の4学科1専攻科とする。
- 2009
- 浅井学園創立70周年記念式典を挙行
浅井学園創立70周年記念誌発行